2019年9月号
停年まで3年を切る

この睡りもし覚めざれば明日の朝わたしはゐない身体(からだ)はあれど

あの街へと出立せしが意気地なくけふもやつぱり会社にゐます

停年は年が停まると書くのかと訝(いぶか)るわれも三年たてば

降りしきる雪見上げをれば雪の宇宙を自分が上へ上へのぼりゆく

小便で雪にへのへのもへじ描きしあの少年はわれか本当に

暑いから恋ふにはあらず故里の雪よ幼きわれの夢たちよ

弱音吐くわれにあなたは大丈夫とLINEで励ましくれしわが妻

辛酸をなめることなく生きて来し世代は逃げる修羅場はまっぴら

過剰なる検査投薬やめたればおそらく要らぬ消費増税

トランプと習近平に牛耳られ世界は揺れる揺らされてゐる

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2019年8月号
分子と言葉

憂鬱の夜は祝祭を演出せよさなくば眠れぬおまへは明日まで

声はなしされど呼ばるる心地して振り向けばだあれもゐない白昼

わたくしは分子と言葉でできてゐる食べて糞して泣いて笑つて

血液から酸素をもらひ活動し言葉つむげる脳味噌われは

何者かになるはずだつたワタクシの何者でもない顔が車窓に

デオキシリボ核酸略称DNAその中にある命の有り様

コンピュータグラフィックで見る四塩基二重螺旋の姿うつくしき

人生のすべての記憶たくわへる分子の塊いずこかにあらん

あの恋をしだいしだいに忘れゆく時はおやみなく流れつづきて

ハナミズキの花色うすしと言い合へる伴侶われにゐて美味し昼酒
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2019年7月号
平成のわが歌

私の作歌時期はほぼ平成時代と重なる。十首を選ぶ。

俺の歌はいつか君の目にふれることを夢み顫(ふる)える感傷なのさ

サビシサが抽象から物質になり体外へ飛び出すような秋の風だ

あっけなく暮れてしまった夕方の群青の宙にバッハ平均律

月光に誘われ絵画を抜け出したダリの足長象のスキップ

太陽の周りをおよそ八〇回まわって最後に君とさよなら

脳髄という物質の中にある言語宇宙の原始への旅

地(つち)を蹴る利休下駄の音さんざめく阿波とくしまの盆踊りはも

我めがけ一目散に駆けてくる光輝をまとう君の姿よ

手のひらにキミの雫を受けてみる樹木よ時はなぜ狂おしい

夕つ日に燃ゆるすすき野われひとり過去と未来のはざまにぞ立つ

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2019年6月号
理不尽な下命

理不尽と思ふはこちらの勝手にて会社は会社の論理に奉ず

理不尽を絵に描いたやうと憤る部下にはありやなしや絵ごころ

舞ひ落ちる花片(はな)のまにまに過去が視(み)ゆ走馬灯いなフラッシュバックで

このごろはわが死ぬる態さまざまに午睡の夢の醒め際に顕つ

酔つ払い意識無くして飲み歩く始発電車が走り出すまで

「イツ死ンデモイイ気ガシテル 。」その境地 室生犀星 鈴木イチロー

四月また来ては去りゆく人生のぼんやりとした不安とともに

日曜の午前の千円散髪屋にママママママーと泣きやまぬ童(わつぱ)

あと三年たてばわれにもやつて来る定年テイネン諦念のとき

死なぬならみなかすり傷と思ひなし年下上司の軽侮に堪ふる


2019年5月号

蛸か烏賊かはたまた鴨か羊か

おい蟻よ蟬よ蜘蛛よ蚊よ身めぐりの虫よ本日われの叔父死す

ひがんばな 墓碑の向かうに萌えたてり きれいだな紅(あか)が んだべ、父ちやん

あの夏の物語いまだ消えざれば申し訳なし妻よ娘よ

あなたはいまどこでどなたと暮らせるやこの思ひ運びくれぬか蜻蛉(あきつ)

核弾頭世界に一万五千発 二発使われしのみの兵器が

逆境を楽しめといふ文のある文庫本読むひとに隣り合ふ

他愛なき苦労と人は言ふだらうだからけふも運ぶこの重き脚

朝つぱらから夕方の独酌の肴かんがえ逃げ込んでゐる

蛸か烏賊かあるいは鴨か羊かと晩酌を恋ふ昼餉さなかに

こんなはずじやなかつたなどと思ふとてかうなるやうに定められしか

2019年4月号

地に足付かずさまよう六本木

一族の墓地のかたへを清水ながれ沢蟹をれば爺様おもほゆ

悲しみか恐ろしさかは分かねども泣いて泣きやまぬ夢のそののち

燐光に輝くがらすの板にぎりその面(おもて)見ゆみな黙々と

中年も過ぎゆきぬべき春のゆふべ花びら舞へり吾めぐるごと

六本木を地に足つかずさまよへば燦然とあり真つ赤なポルシェ

宰相のにやけた顔の真ん中の穴は開閉す〈ケンポウ カイセイ〉

悲しみをもたない人に見えるのです。日米首脳アベとトランプ

企業とは所詮金(かね)稼ぐ集団と割り切れず梅雨の雲が重い

ひび割れの場所も知りたる会社への道が無用となる五月某日

レジを打つパートで稼ぐすべもあるなんとか生きてゆけるなんとか



2019年3月号

iPhoneから聞く般若心経

ブラームス交響曲(シンフォニー)四番響(な)る部屋に糸ひきて落つ砂時計のすな

居酒屋の古りしカウンターの焦げ痕よ若き日のわが煙草の灰の

いつぽんの道描かれしのみの絵をまなこ閉じて視(み)つ列のまなかに

山峡(やまかひ)の墓地に夕光いまそそぐ華やぎゐるかわが死者たちは

ワタクシとふ実存はありや湖(うみ)にしづむ太陽にいま涙して問ふ

高校の図書室に見しミレー画集その『晩鐘』を信じ生き来つ

ふりかへれば歩みきたりし街かどに人かげあらず海市のごとく

車窓にはわが顔映りわれを見をり フケタナオメモ ナニヲオメコソ

iPhoneより般若心経聞く通勤 耳の穴から癒やし注ぎ込む

信仰を知らず六十まぢかまで来てをり俺はいつまで少年


2019年2 月号

レンブラント光そそぐビルの五階

赤銅に夕雲の縁かがやけるこの景をJ・Sバッハも見しか

死ぬるならこんな日がよしベートーヴェン「悲愴」雨滴のごとく聞こゆ日

はすかひにレンブラント光線そそぎゐるビルの五階にありし片恋

死ぬときはあの夕光をさかのぼりきみに手をふらむちぎれるほどに

渡り来し橋を戻らむおそらくはもう訪ね来ぬこの地と思へば

とぼとぼと暗がりゆけば赤提灯これでいいこれで人生なんて

川は流る夕日かがやく山の裾へ幾万の魚やがて眠らん


2019年1月号

熟成せぬ中年男

台風に吹き倒されたる街路樹の断末魔のこゑ誰か聞きしか

一個百円バタークリームのケーキ売り父母は兄とおれ育て来しとぞ

monochrome(モノクロム)の鞠花(まりか)のなかに逝きし人の顔(かんばせ)ならぶ夢より戻りつ

いつまでも少年気分の中年の意識にただよふ死といふものが

葬送の曲は『家路』を頼みます。できればミレーの『晩鐘』かかげ

街路樹に思ひ出いくつあるらむと数へつつゆく秋の四谷を

五十五年臆病者で生き来しか嫌はれぬやう喧嘩せぬやう

とうさんになつて二十年たちましたいつかなれるかなおぢいちやんにも

「ねえお願い」だれの声かは分からねどキューンとしてゐる夢をまた見し

いまひとたびあのひとに会はせくるるなら酒を断ちませう二日くらゐは


2018年10月号

ヒデキとバーモントカレー

旧日光街道草加宿沿いの古き旅館はをさいたま屋といふ

さいたま屋のコインランドリー二号店花輪立ち並びオープン初日

洗濯機なかりし貧乏学生時代コインランドリーは週に一回

「ビッグコミック」読みながら煙草吸いながら土曜午前のコインランドリー

百円でお湯が五分出たコインシャワーまだあるだらうか今もどこかに

人間はかならず死ぬとわれ思ふ平成三〇年西城秀樹逝く

バーモントカレーこの世にあるかぎりあなたは死なない「ヒデキ感激」

バーモントカレーと豚こま買つてきて兄の世代のヒデキしのびぬ

いまだなほジュリーなる名の由知らずヒデキ・ゴロー・ヒロミは簡単なれど

ジャーナリズムだけでは食えぬ業界紙ちょうちん記事をけふもただ書く


2018年9月号

夕暮れちゃった

うしろからわれを追い抜きゆくバスのヘッドライトに見透かされる

街灯と月光に俺は照らされて二つの影と露地をゆくひっそり

死ぬまでに書かねばならぬことがあるだけど書けない思いつかない

庭草を抜き始めるときりがないだから抜かないそんな生き方

おれの歌読み返しながら酒をのみいつのまにやら夕暮れちゃった

残さねばならない歌があるような気がしているよ便所の蜘蛛さん

西窓に夕日はぎらぎらギンギラギン嗚呼すみやかに四十年(よそとせ)過ぎぬ

きょうもまた人をねたんでしまったとチューバのような花びらに言う

ポストイットの目にも鮮やかなオレンジに書いてしまった「アイツゆるさねえ」

アパートをさがしあぐねて日は暮れてしみじみ涙もろいな俺は


2018年8月号

洋子おばちやん

わが叔母は松原智恵子に似てゐるが自分のことをオレと言ふのだ

をとこをんなどちらも自分をオレと言ふ英語のアイがさうであるやうに

オレとオラその使ひ分け難しくどちらかと云へばオレがよそゆき

オレはオラを使わざりけりそのことがやや誇らしきわが幼少期

橋下ゆ遠き山脈(やまなみ)へほそりつつ夕ばえの川ながれゆけるも

妻の故郷(さと)阿波に余生を過ごさんと思ふことあり阿波はまほろば

鳴り物の二拍子をんなのヤットサーの掛け声ひびく水のみやこよ

ほたるいかの目をていねいに摘みをれば無数の景を見たる思ひぞ

あじさゐの鞠それぞれに亡き人のおもかげ映る夢をみて来し

ほのぐらき路地の突き当たりしくしくとあじさゐたちが泣いているよな



2018年7月号

ビッグデータ

朱と赤と緑の「7」を見ぬ日なく見ぬ日なきもの他になにあらん

浦和から川口経由草加まで「さいたまからと」などとは言はず

あと五年払はば終わる住宅ローンすでに累計五千万越ゆ

脳みそにこれまで刻み込まれたるデータの総量いかばかりなる

ペタバイトさらにはエクサ、ゼタ、ヨタへビッグデータの増殖やまず

メガバイトはわずかに十の六乗と笑ひ飛ばされる日は遠からじ

世の中を我が物顔に支配するビッグデータよたかがデータよ

530の語彙と20の構文を持つAI歌人
AIが時々刻々と歌を詠む世となりにけり 星野しずるよ

しずる氏は口語歌人のやうであるもちろん当世風かな遣ひ

2018年6月号

日本橋から深川へ

さくら咲きはやさくら散るうつろひを小町とわれとならび眺めつ

温暖な風襟(えり)くびをなめゆけばまだかと思ふ岩手のさくら

啄木を仰ぎ見し日のはろばろと北上川は流れゆくけふも

いまみゆる夢のなかにもあらはれてわれを泣かしむ芳子といふ名

魔の声の聞こえる前に踊り場を立ち去らんとす春のゆふがた

息絶えし父のかんばせあらはれてしだいに俺の顔となる夢

『日和下駄』読みつつ眺むすみだがは週日たそがれチューハイを手に

この橋を渡れば深川尻(けつ)青きわれら夜な夜な酔いしれし界隈(まち)

清洲橋わたりゆきつつ見渡せば隅田川ながる江戸からいまに

観光船屋形船すれちがふとき快哉さけぶたぶんChinese

熾2018年5月号

続小池光歌集

だれひとりその怠惰なる行状の理由は知らぬ今朝の遅刻も

問ひただせば逆に切れたりそのうへに管理職われの無能言ひつのる

理の通じぬ部下と無言の午後を過ごすされどしきりにため息舌打ち

みずからの利益のために友情を捏造したるきみといふやつ

とぼとぼと暗がりゆけば赤提灯これでいいこれで人生なんて

隣駅の街に住むとふ歌人(うたびと)の歌を読みつつ救はれてゐる

人が生まれ人が死にゆくなりゆきは文字か音符かさなくば絵巻

一人のみ客を乗せたるバスゆきて尾灯の赤を見送りてゐし

こんなにも研究されてきみはあり書き込み多き「続小池光歌集」


熾2018年4月号

遠き山に日は落ちて

ドヴォルザークの「家路」の旋律かすか鳴るこの夕映えの奧処に還らん

死ぬるならこんな日がよしベートーヴェン「悲愴」雨滴のごとく聞こゆ日

ヴァイオリンのG線にやどる祈りの音この旋律を響かしむ終電

アランブラの泉の音のトレモロを四十年経ていまなお弾けず

疾走する悲しみといふト短調交響曲を聞けば失せる鬱

外は雨 部屋にはジョン・コルトレーン なり出した電話そのままにして

あつけなく暮れてしまつたゆふがたの群青の宙にバッハ平均律

アルビノーニ・アダージョだけをけふは聴く哀しむがよし作り笑ひより

近づきも離れもせずに追つてくるメトロノームのごとき靴音

足速に過ぎゆく無言の人波の頭上に流るエリック・サティ


2018年3月号

このいまだけのつばさよ

雨やまずいよよ荒れたる川の面(も)を縄文人のごと怯(おび)え見つ

快適と便利むさぼる強欲を許さじと降る雨にあらずや

今世紀生きとし生ける者の声に語らしめんこの地球(ほし)の危急を

年金の受給開始をいつにすべき正月二日妻と語らふ

四十年前に始まりし試験の名「キョーツーイチジ」いまも夢に聞く

わがむすめ「センター試験」に臨む日の迫れど四六時中のスマホ

われは酒妻はワインを温めてコップ一杯ほどの子の話

押し寄せる不安にぞっとしたるとき「チャレンジ!」とさけぶ声には出さず

守勢に入りし人生と思ふそれゆゑに一歩踏み出す一歩の重し

「つばさよ このいまだけのつばさよ」わが憧れ佐藤信弘もうゐない



2018年2月号

チンドン屋来る日本橋人形町


乗り過ごしわが家へ遠き駅に覚め二時間ほどを歩きもどりつ

いつのまに消えし鉛筆消しゴムの行方わからぬままに年経(ふ)る

街上を吹き過ぐ風にどこからか運ばれて来しチンドンの音

道端に掃き寄せられし銀杏葉の黄の細帯の尽きるまで行く

ひさびさの雨降りなれば立ちのぼる埃のにおひにうごめく記憶

愚痴交はす友去りゆけば毎日の夕の憂ひのただ溜まりゆく

我が名よぶ声に目覚めし我が思(も)ふこの我は真に我であるかと

國學院の合否通知の封開けるむすめを見入るその父母は

古文教師になる夢をもつわがむすめ國學院は良き大学といふ

加藤克巳 折口信夫 佐田雅志 わが知る國學院大OB



2018年1月号

原稿用紙とペン先

いまと過去わけがたく思(も)ふ原稿紙の上なる万年筆(ペン)の尖(さき)を見をれば

三十年前の思索といまのそれを比べるやうに読む「風立ちぬ」

なにゆえに学生時代の愛読書となりしか「されどわれらが日々」よ

冴ゆる気を胸深く吸ひ吐き出せどなお吐ききれぬひと憎むこころ

日本橋人形町の町はずれ米屋跡地の更地のしじま

紅灯の門前仲町さまよへばあすより先のことを忘るる

ホッピーの「うち」「そと」それぞれ何杯かとうに忘れてうち沈みゆく

酔へばひとの変はるやつとふ評判のありやなしやとおそれつつ訊く

散髪を終へて床屋を出し後の気恥ずかしさよ幼時も今日も

いつまでも子どものままであれと願ふ心を老母(はは)はいまも持つらし

2017年12月号

湯野上温泉駅から大内宿へ

浅草ゆ埼玉栃木経し特急いにしへ会津の国に入りゆく

茅葺きの屋根の駅舎は日本にただふたつありその一に降りつ


ひなびたる駅に駅員はをらずとも駅舎はにぎはふ売店に足湯に

駅を発ちしレトロバス「マリヴロン号」大内宿へ十五分ほど

旧街道沿いに茅葺きの民家並む大内宿をほろ酔いでゆく

白き葱を箸がわりにして蕎麦すする葱蕎麦といふ名物なりと

民家のまま店としたれば仏壇も遺影もありて客を迎ふる

幼き日祖父母の家に集い来し親類縁者を順に思ひ出づ

帰路会津田島の駅で偶然に旅の途中の甥と遭いにき

帰京の途甥と共にし草加にていつぱいやるかと下車うながせり


2017年11月号

三十年勤続と冷やおろし

列島の上空過ぎて落下せしミサイルと金正恩(キム・ジヨンウン)の刈り上げ

出世など望まぬ我と思ひこしその年月の真実(まこと)にあらず

三十年勤続といふ表彰を受けし日はじまるカウントダウン

宮仕え残り五年となりし日のランチに俺は冷やおろし呑む

車窓にはわが実相が映るらむ嗚呼こんなにもふけてしまつて

窓の外(と)に名前を知らぬ虫が啼く夜半(よわ)から朝へやまぬごとくに

蜩の鳴くを聞かざる夏なりき不作の報のやがて届くか

2017年10月号
理科大教授昇進祝賀会


国語教師になれればどこの大学でもいいでしょ勉強勉強って言うな

せめてMARCHできれば早稲田と願ふのは親のエゴだよ父さん母さん

早稲田落ちし経験いまだ引きずりて明治OBぞわれはつくづく

梅雨すぎてなおも散らざるあじさいの根元に長きかなへびの尾見ゆ

帰り来ればわが家の壁に夕日映ゆわが鬱屈を待ち伏せるごと

海鞘(ほや)の殻に包丁の尖(さき)刺しこめばあたりかまわず液飛び散りぬ

生の鱧(はも)売られていたり北千住マルイ地下二階鮮魚コーナー

神楽坂の坂のぼりゆき小路に逸れ理科大教授昇進祝賀会


2017年9月号
大腸内視鏡検査

昨日から今日に来てゐるたましひが明日よ来るなとすすり泣くのだ

計算機でただただ計算するだけだ酒と煙草の累積費用を

どれほどの恥も人生の後悔と比ぶればとるにたらぬ一時(いつとき)

良識のうすれし社内に権力とそに媚ぶやから繁殖しゆく

大腸にカメラを入れる日の朝の便は透明の液になりゆく

くねくねの内臓をすすむ内視鏡にかくしごとなどできぬ我かも

処置台にぶざまに横たふ中年の肛門より入る光学機器は

さめやらぬ麻酔のせゐか世の中の景がいちいち揺れてあらはる

検査終へわが家への路あゆむときなぜか聞こえる『身も心も』
(『身も心も』は阿木燿子作詞、宇崎竜童作曲のバラード)


2017年8月号
京から関東平野へ

歴史といふ過去を見渡す手法得て死を信じ得ぬ虚構に生きる

宮仕えもあと五年乃至十年となれば不平や愚痴は言はざり

京都発橿原神宮行きといふまぼろしのごとき近鉄線よ

同志社へ近鉄線に揺られゆく東寺五重塔にわかれて

若き日にここに住まんとあこがれし京に降り立ち涙ぐましも

鏡のごと耀く水田にトラクター一台はあり山をうしろに

あとなんど来られるだらうこの都にまたは見ざらんなどとは言はず

起伏なき関東平野にかえりゆかん京の都のやまかげよさらば

ストレスと酒気にまみれた明け暮れに戻る旅路と思ふこの汽車

雲間からそそぐ夕日を目指すごとく目指さんか湖(うみ)を飛びたつ鳥類の群れ


2017年7月号
中年末期へ

救急車のサイレン近所に迫り来れば未来のわれに来るかと思ふ

死んでなどいられぬオレは五十五年必死の努力まだしてをらぬ

勤め人意識こわれゆく心地して桜ばな散る公園を出づ

桜花(あうくわ)舞ふ公園ベンチにつまみ並べ会社去る友と缶ビール飲む

なにとはなく職場の不平ばかり詠むわれとなりたりたたかひもせず

五がふたつ並ぶ年齢(よはひ)となる五月二十九日はあと五年の日

定年まで五年を切る日が迫り来て夢のやうだと嘆ずわれと妻

こんな時間はやく過ぎろと思ほへど間延びさせたし死へのタイマーは

楽しさもまた苦しさも過ぎ去れば夢のごとしと言ひし空穂翁

生き方のいつまでたてど深まらぬおろかなる吾も中年末期へ


2017年6月号 
サンデーナイトブルー

紅梅の一輪二輪咲きたるをわれは見てをり午後四時半か

一発屋作家とだれも批評せぬ『太陽の季節』の作者なるかな

『「NO」と言える日本』のころのかの人の歯に衣着せぬ言動なつかし

都民都民となにか誇らしげに言ふひとらの「豊洲劇場」いつまでつづく 

なにゆえか小池百合子に人心は吸ひ寄せられる砂鉄のごとく

いつ辞めるか誰に辞表を突きつけるか鳩に聞いてみるさくら舞ふなか

自動記述すれば本音が見えるといふひたすらに打つ薄暮20分

水をくれもうからからだこののどは昨夜(きぞ)の記憶にさいなまれつつ

白き泡琥珀の液に浮かべるをまじまじと見る苦情浴びし夕

サンデーナイトブルーはたまたサザエさん症候群 何と呼べど明日は月曜


2017年5月号
三大ピアノ協奏曲コンサート

清水和音 本名なのか知らねども一期一会のピアノコンチェルト

ラフマニノフの旋律なぜか遠き日から否(いな)前世から我を揺さぶる

ピアニストの指に宿りし音楽の神の痙攣(ふるへ)をわれは見てをり

ロシアへのあこがれつのる協奏曲(コンチェルト)魔術つかいかラフマニノフは

チャイコフスキーなんであんたはこんなにも俺を痺らせ今も在るのか

『皇帝』と名づけられしを知らぬまま百九十年眠るベートーヴェン

音楽の毒を中和する彷徨か渋谷裏路地にモツ焼き食らふ

漆黒のピアノの屋根に映る指 芸術は夢まぼろしなるか


2017年4月号 
給料日はホワイトかオールドか

きみもかれもわれも神話を信じざれば滅びゆかむか国といふ集団(むれ)

百歳(ひやく)までは生きると口をそろへたる老人衆に酌する町会

雪国の老母は言へり あつたかくなるなら冬が楽になるべな

センサーと人工知能に命託すクルマに注ぐ世界のカネは

game centre(ゲーセン)に昼間たむろする老い人のさびしからずや一生(ひとよ)のたそがれ

試食用ステーキ肉の細切れに刺されし楊枝に闘牛思ほゆ

われ死なばクラウドデータを抹消せよ さなくば死ねぬ恥多ければ

「本当の自分」はどこにゐるのかと問ふことのなき日はあらざるも

琥珀色の洋酒数滴なめたればわれがわれから離れゆくごと

ホワイトから角瓶そしてオールドへわが飲む洋酒(さけ)の上限なるか


2017年3月号
ポケモンGO

ポケモンGO以前の日本に還れぬかわが聖域に人は押し寄す

A5ランクの牛喰ひをれば飽食を責めるがごとく金子(きんす)とびゆく

なぜだらう橋の欄干に肘つけばとめどなく流れきたる思ひ出

三ノ輪橋停留場ゆ早稲田まで都電荒川線(あらかわせん)におやみなく雨

蟻地獄に蟻を投げ込みなめくじに塩ふりかけし時代(とき)はるかなり

用もなく深夜の電話ボックスに俺は入りたり俺に会ふため

夜を徹し山手線ほぼ一周を歩き通せし大学祭の夜

あの頃にスマホやポケモンGOあらば感傷なんてなかつただらう

ニコライ堂(にこらい)の鐘の音ひびくお茶の水に実存を問ふ思索重ねき

新自由主義とグローバリズムから足下瓦解が始まつてゐる


2017年2月号
執着を捨てよ

あいつには負けてなるかと思ひ来し執着捨てて これが自由か

組織など馬鹿げてゐると思はねば俺が壊れるオレガコハレル

思ひ出に逃げる週末その後来る月曜からは酒に逃げるも

あと五年すればローンも完済し嘱託といふ平穏が来る

越南と尾留満の娘の片言の日本語に酔ふ中華日髙屋

ニッポンにオレは生まれてよかつたかたぶん死ぬまで死ねぬニッポン

「温暖化してるんだればいいことだべ」わが雪国の母は言へるも

カラヤンとブラームスとにいざなわれ独逸まで飛ぶ蝦夷の末裔

啄木と賢治と遠野を肴としわが県人会のマンネリに酔ふ

知らざりし花の名前をひとつ知り ああ生きてゐる花もわたしも


2017年1月号
世界の鏡

坂道をふざけのぼりくる子らの声を街はゆつくり消化してゐる

日本橋人形町の写真館跡に商うモツ焼き酒場

こんなにもモツ焼きばかり繁盛し豚を何頭殺むや本日

くるまやのみそラーメンの香ばしく塩つぱいスープを青春として

iPhoneにくりひろげられゆく史実YouTubeとは世界の鏡

『一握の砂』に焦がれしオレがいま崇拝するは島田修三

立ち小便放屁も歌になるのだと実作通し教えくれし人

認識や解釈いくら歌つても記憶に残るわけなどなくて

固有名詞に俗語をまぶし赤裸々に恥を恐れず歌ひゆかむか

格好つけて似合ふのならばそれもよし我が道はいずれいまだわからぬ


2016年12月号
直線か円環か

人生は直線なのか円環か窓に顔よせ風音をきく

夕つ日にもゆる芒野 われひとり過去と未来のはざまにぞ立つ

言葉なきころのにんげんの心へと寄りそひながら洞に目を瞑る

どしやぶりに降られしやうな失恋の記憶を持つかカラスよきみも

あかねいろ半透明の西空に黒々とあり電柱と鴉

うつすらと現れやがて形なす霧の中にゐる人の名前は

思ひ出は自分のものかたそがれに頼りなきかな自己といふもの

自分からなぜ動かぬと批判せしわが声に似る耳に鳴るこゑ

わうごんの芒原に佇つしずみゆく日と引き替へに生れしもの待ち

セロ弾きのゴーシュが奏づダニーボーイ風に運ばれ森より聞こゆ


2016年11月号
阿呆連

阿呆連その名のごとく踊る阿呆されど艶やかに指(おゆび)ひらひら

地(つち)を蹴る利休下駄の音(ね)さんざめく南越谷阿波踊りの夜

情熱を迸らせて踊り狂ふ阿波の男衆に憂も鬱もなし

ヤットサーとあはれ甲高い声が飛びわが脳髄は水のごとかる

課せられし業務の無理がわれを裂く踊り子よその忘我をわれに

明日ありと思ふ心の仇桜この今を舞え倒れ伏すまで

所詮死ぬわれらなりせば手を上げて足を運んで阿呆になれと

昨日明日行き交ふいまを我は生きいつか季節のすべてにさらば

阿波踊りパリ公演の中止といふ新聞記事を切り抜く妻は

阿波女わが妻は言ふヴェネツィアにいつか「よしこの節」聞きたしと


2016年10月号
月曜に差す花一輪

死なないでいるならすべてかすり傷さとラガーウーマンの満身創痍

放り出された男集まる職場にて長たる義務は日々の静穏

月曜から週の終りの夕方を思ひ浮かべて一輪を差す

誤報へのクレーム続きしいちにちの明くる日に来る凪の八時間

相手などゐないはずなのに外出のあいさつはいつも「取材後直帰」

文章をこしらえることを生業(なりはひ)とする生活に倦むわれらなり

土に生きる職に残りの人生を託すと同僚またひとり去る

五年後の定年過ぎてまた五年働くか否か日に一度思ふ

能力と職歴いずれも認め難き後輩とはいへ本流にをり

宮仕えの苦労や不如意さらばとて住宅ローン完済まで十年


2016年9月号
ローマ帝国の空を飛びたい

荒川の鉄橋わたるガタゴトとその音は言ふ「会社を辞めよ」

勤め人わたしがもつとも思惟的になるこの箱に揺られ三十年

アルコール帯びずに家へ向かふこと妻よ娘よそれはあり得ぬ

扇風機に切りタイマーのなかりしころ闇に父母が起き出す気配

ファン回り首がぎくしゃくいする音を聞きながら眠る夢とうつつを

父と母の間に眠りしあのころの何もあしたに不安なき心

妻と吾は娘にどんな平安を与へゐるかと闇にみひらく

ものを見る角度ものおもうふおもひかたあやつるは習慣 遺伝子いずれ

人生が高速再現する夢をみられるならば目覚めぬともよし

かなふならローマ帝国の空を飛びベニスによつてゴンドラに死す


2016年8月号
思ひ出すことなど

その川の岸辺にゆふべたたずめば川面下り来る思ひ出の群れ

あじさゐの鞠それぞれに思ひ出の顔なぞらへてすぎし路地裏

しのびゆく深川の路地の門灯におびき寄せられし蛾のごとし吾は

人はパンのみに生きるに非ずとは言へど肉体は物質であり

自白でも独白でもなく李白なり酒と詩を愛でただ自然なり

旨からうさぞ旨からうその酒は二日酔ひなる病なければ

ビジネスにマンを付けたるひとびとは枠に嵌まつてなんぼの世界

どうせ死ぬならば目の前の何を追ふ酒かそれとも詩(うた)か金子(きんす)か

死ぬ瞬間いかに濃密に来し方をフラッシュバックさせられるだらう

なんとまあ四半世紀の早いこときのふ生まれた甥が父になり


2016年7月号
宇宙に旅せし人と会ふ

過ぎ去りしことをいつの日か想起するために書き継ぐ短歌といふ詩

過ぎ去りしものをいまにこそまざまざと蘇らせる短歌といふは

窓の下近所のこどもたちが蹴るサッカーボールに感情移入

遠出など疲れるだけと黄金週間を千住上野と昼酒に酔ふ

そのむかし宇宙に飛び立ち帰り来し向井千秋と話すは不思議

われもしも宇宙に行かば捜すだらう銀河鉄道の走るすがたを

眼下(まなした)の雲海のふち黄金に輝やけり幽明分けるごとくに

ボイジャーに搭載されし周期表をいつの日か読む地球外生命体

113番元素つくりし人が喋る言葉は普通の人類語なり

なにゆえにかく美しく空を染めむ「こっちにおいで」「まあだだよ」


2016年6月号
レトロ看板

水たまりいちめん覆ふ桜いろ花片一枚一枚の命

国民的ノスタルジアと思ひけりたとへば大村昆のめがね顔

ボンカレー初めて食べし日のことなど思ふ松山容子を見れば

金鳥の蚊取線香の看板の渦巻きを指でなぞりしことも

中国の羊肉火鍋爆食で菅公学生服も値上げか


2016年5月号
晴れの御堂筋

淀川の橋を電車と並走し咥へ煙草の軽トラおばちゃん

地下鉄の車内放送がマンションや予備校を宣伝してゐます

オフィス街ワゴン販売の弁当屋 300 400 500円なり

『大阪で生まれた女』が好きだつたあの頃がある いつまでもある

薬の町道修町にてふと聞こゆ タケダ タケダ タケダの混声合唱

日曜日午後七時「タケダアワー」から生まれたウルトラマンもセブンも

小ぬか雨降らぬ御堂筋 欧陽菲菲(フィーフィー)の歌くちずさみ南へ歩く

ネクタイと白衣姿の凜々しかる女板前の上方語に酔ふ

東京行き最終電車の自由席に響きほうだいビールのプシュッ

去るときはやつぱり暮らしていけそうにないなと思ふ大阪だよね


2016年4月号
廃屋のレトロ看板

大村崑 松山容子 由美かおる 旧道の廃屋でほほゑむ

前輪が大きい自転車の看板を掲げる店の暗がりに老人(おい)

吾が生れし商店街に残れるはクリーニング屋と自販機数台

聞こゆるは下校の児らがわが母に元気にたのむ「大判焼き(おおばん)ちょうだい」

ストーブに載せたアルマイト洗面器 湯舟につかるビン入り牛乳

母がつくる大判焼きとかき氷 商店街の名物なりしが

わが親の働く姿記憶する自分はなにも子に見せていぬ

おじちやんと甥に言はれれば思ひだすわがおじちやんのやさしかりしこと


2016年3月号
月に照らされて元朝参り

みづからの書きし三文小説を酔ひて読みをり去年(こぞ)より今年

大晦日妻と娘がみつづけるテレビの音にこもる平安 

元日の黎明の日枝神社へと家族(うから)三人影法師追ふ

月明の農道進む酔へる身を追尾しやまぬGPSは

(GPS=全地球測位システム。地球上の現在位置を測定するためのシステム)

田と畑の間(あい)のでこぼこ道にある小さき水面に月とわが顔

この顔と半世紀超えつきあつて来たのかと言ふのは誰ならむ

お焚き上げの焔(ほのほ)に照らされゐる妻と二十五年を共に生き来し

夫であり父親である幸せを呉れしをみなが拝む後姿(うしろで)

どこへ行くにも我が後を追ひかけし娘よ君はあの君なのか

湯西川平家落人村に降る粉雪はとけるわれの吐息に

串刺しの川魚焼く囲炉裏あり観光気分ならず郷愁

湯の里の渓流に鷺一羽佇(た)ちずつとそこにゐるやうな顔する

マンガ版世界の歴史読みながらコタツ寝で聞く箱根駅伝

お父さんの「お」がいつからかなくなつてトーサンという置物である

飲み過ぎか健康数値レッドゾーンさはさりながら鬱よりましと

人の思惟と行動のデータ解析しその人らしく話すAI
(AI=人工知能。学習・推論など人間の知能の働きをコンピュータで実現したもの)


メール履歴すべて読みたるAIは我が分身のごと思考する

いつどこで何を考え何をしたかヒトの生きざま丸裸なり

粉末にしたる分骨も原料に3Dプリントする故人像

(3Dプリント=データを元に立体(3次元のオブジェクト)を造形すること)


遺影ならぬ遺像の時代がやつてきて触れればコンニチワとあいさつす


2016年2月号 
みーんな悩んで大きくなった

サルトルとニーチェの名前教へくれし野坂昭如逝き給ふなり

ソクラテスもプラトンもアキユキもオレも みーんな悩んで大きくなつた

いつだつて酔つぱらつてるやうだつた あの滑舌が文より惜しき

ユニクロかノラクロかなんか知らないがヒートテックを履けば温もる

ユニクロが儲かりすぎるグローバルシステムなんぞ歴史のあぶく

昔むかしこの国にゐた美しきをとめの名前「レナウン娘」

ダーバンのスーツを買つたあの日からあつといふ間に過ぎた三十年(みそとせ)(ルビ=みそとせ)

バーバリーのタータンチェックにあこがれて食事を抜いて金貯めしころ

米とぎし水を植栽に遣りをれば戦中の母たちを思ほゆ

縮刷版山と積まれし部屋にゐて息苦しきは社畜のゆゑか


2016年1月号
散骨されたという元上司

「戒名も墓も要らぬ散骨を頼む」 マツウラという元上司逝く

こんなにも明るい世界にわれひとりただ立っている週刊ポストと

最終電車(さいしゆう)を降りたる町のよそよそしく「セブン」「ヨシギュー」だけが親しき

吉野屋のだいだい色の看板を初めて見しは十九の初台(はつだい)

マルちゃんのワンタンスープと二百円レジ台に置き釣り銭を待つ

四色の消せるボールペン手にとりて試し書きして試し消しする

習さんと馬さんのトップ会談がシンガポールで開かれるのか

戦略的経済連携協定に瑞穂国の米よ負けるな

「ラーメンの神様」山岸一雄逝く食べたことなどないのだけれど

「スタンフォードの自分を変える教室」をエロ本のごとくこっそりと読む


2015年12月号
北千住の父

主体性そんなものなどあるものか足が勝手に向かうのだ社へ

ビビリーな自分が嫌でたまらない夏秋さだかならぬ通勤時

博多風もつ鍋うましぷるぷるの牛腸われの胃腸に溶けゆく

新宿に母いれば北千住には父ありてわが掌を読む

時代から取り残されし雑貨屋の台にうず高く花王アタック

宿場町通りといまは呼ばれいる日光街道ゆきし俳聖

東京の三大煮込みの「大橋」に芭蕉を誘ってみたしと思う

そのゲームみんながやめたら原発の一基や二基はいらないってよ

駅ビルの中華総菜屋がとつぜん姿を消してしまった初秋

あとなんぼんモツ焼き喰ってあとなんぼんタバコ吸うのかスマホで計算


2015年11月号
あこがれながら秋に入る

聳え立つ高層の巣の輪郭を微光せしめる月の光は

わが娘 じぶんの父の酔いざまをいかに記憶に残すのか嗚呼

ボーンボーンその間隔で刻まれる時というもの昭和というもの

弟の記憶はいじめられしことばかり兄とは損な存在

花と木と鳥と虫とを日もすがら見つめ行き来す半世紀のとき

窓の外(と)の氷柱(つらら)を折りて風呂に入れ湯を冷ましける父の思い出

蟻地獄に蟻を投げ入れ死闘見る薄羽蜻蛉なる名を知らぬ頃

妻がその父を想いてときに言う「おとうちゃん」とう抑揚かなし

東北と四国生まれの親を持つハイブリッドな娘の共通語

哲久の「秋ゆきぬべき」の韻律にあこがれながら我が秋に入る


2015年10月号
差せない日傘

みずからを俺と言うとき学生のころの無頼に憧れている

むずがゆい顔を掻くため目がさめて眠られぬ朝まだきの熱帯

西新井竹ノ塚谷塚草加駅その並び順きょうも狂わず

遠き日の恋が戻って来るような御茶ノ水駅白雨のとばり

ポジティブに君は変われる。雨宿りの書店に類書うずたかくあり

一メートル超える高さに生長しよっこらしょと抜かれし雑草

アパートの若い夫婦の赤ん坊の泣き声を聞きながらの午睡

ハイレゾという音質で聴くジャズに身をふるわせて体ゆらして

朝マックに妻と娘と行きたればビールはないとあらためて知る

男性用日傘をマルイで買ったのに差せないでいるこの八月も

2015年9月号
串に刺さる肉塊の転生

みづうみの底こんこんと水は湧き古代も今も黄昏は来る

指先からしたたり落ちた一滴の血がまな板でフクシマになる

神木の枝に群がる椋鳥のけたたましきは飢餓の叫びか

縹渺と富士の姿あり荒川の鉄橋の上夕日の下に

東北の生家の西の窓を開(あ)け去年と同じ雪形に会う

傍流に流されし歌など決して歌うまい愚痴を誰が誦すらん

串に刺さる四つの肉塊小ぶりなれど炙られ齧られ我に転生す

画面にも原稿紙にもリアリテのたち現れぬ雨の午後五時

編集者と記者との壁はいかんともしがたくドアの前に臆する

2015年8月号

この指を誰かが動かす

蛙鳴き雨降る宵をひとり酔うショパンのピアノ曲などいらぬ

あのときの蛙きのうの鴉の声いついつまでも世界に響く

思ひ出は夢より自在になるゆえに混沌とする別れの風景

俺なんかこんなもんだと自嘲する酒場のわれを酔わぬ眼が見る

わかり合えぬこと悩むとて酔っ払い陰口言えばおさまる諍い

イベリアにイスラムの名残とどめおくアルハンブラの庭に湧く水

「禁じられた遊び」つま弾く右の手の四本の指だれが動かす

蟻の巣に入ってみたいと夢みてた小学生の頃の私も

蟻地獄に蟻を一匹投げ入れてじっと見ている今の私も

魚釣る今は連綿と過去をよぶ いいさこうして老いてゆくのも

2015年7月号

わが内のわらべ

落日の狂気みなぎる数分を吾(わ)も狂わんと飼い犬が鳴く

緑ひびく森をたおやかに歩みゆく白馬を思う侮言あびるとき

やみがたき望郷の念なにゆえぞ橋のたもとの公園に座し

血の色に爛(ただ)れし月の数センチ上に私の星座うすらぐ

串刺しの川魚焼く囲炉裏あり観光気分ならず郷愁

意気地なしと認めあるがまま受け入れよ 夕の樹木にささやかれおり

木の間隠れに見ゆる墓場のなつかしさわれ幼時より今につながる

層なして重なる追憶この森にたとえば兄に逃げられし鬼

木漏れ日の射せばたちまちわが耳に鬼なるわらべ泣きじゃくる声

黴におう土間にはだしでおりたてば冷やっこい冷やっこいとわが童子言う


2015年6月号
自分史に描く矢

一本の矢を自分史に捻出しその切っ尖をとどのつまりと

劇的な生き様すでに望むべくもなく五十二回目の桜(はな)

ナノサイズの点ぐらいではあるだろう永劫のなかおれの人生

信号が変わってもそのままに佇(た)つ花片渦まきわれを襲えば

靴先で路面(みち)にこすった花びらの色素はめぐる雨にさらわれ

小学の同級生のいちばんは四月三日に生まれたカズ君

こころざしいつなくなってしまったか十年くらいまえはあったが

人ひとり退職しゆく酒飲めばモツ煮ずずっと啜りし人が

「一日に日本中で食べられるニワトリの数さーて何羽だ」

誕生日くれば婚姻適齢に達するのであるおれの娘も
2015年5月号
日々ほそりゆく海馬

絶唱のせめて一つは欲しと思う 些末なるわが日常より
【ここ】と【そこ】そして【あそこ】と時と場を指示して話し継ぐのみ我等
車窓から反射される像それが【わたし】時には【ぼく】であったりもする
日々白くなりゆく髪を戴いて日々細りゆく生き物海馬
イスラムのドラマチックな世界史の果ての狂気の動画映すスマホ
豚の体イメージしつつ食う焼きトンその部位が持つ機能を思い
暁闇にさしそむ光その一閃時空こえたる神を信じる
だれからともなきメール待ち馥郁と香るスタバの黒い液飲む
白き泡琥珀の液に浮かべるをほれぼれと見る苦情浴びし夕
串刺しの肉片炙る商売を余生の業に夢みる十時


2015年4月号

ギルガメシュの国で

己が身のまわりに絶えず水泡のごとく発する小さき不安は
小さからぬ不安ときには襲いきて酒で追いやる我を失くして
後ろ手に縛られ地(つち)に跪くニッポンジンを包む柿色
柿色と黒の対照が網膜に焼き付けられたような正月
何食わぬ顔して我ら居酒屋で斬首されたる男を語る
何故だとか許せぬだとか言いながら酒場で騒ぐ我ら日本人
1%の富豪が世界の半分の富独占し紛争を生む 
一生はフランス人の一行の詩に如かぬという阿呆ありけり
ゴホゴホと咳をしているマスクせず眉を顰めるその他大勢
マスクのない世界があったことなんて信じられない支配者は微粒子(ツブ)


2015年3月号

酒飲みの聖地・北千住

酒飲みの聖地ともいう北千住 路地煌々と看板ひしめく
客引きの声受け流し目的の名居酒屋へ足どり軽く
北千住永見で詠める三十一文字(ルビ=みそひと)の揺れてしだいにしどろもどろに
居酒屋のカウンターにて深酔えばパラパラマンガのごとき自分史
酔客でびっしり埋まる空間に流れ続ける巧まざる音楽
遺伝子にすべてが操られているならば僕らに自由はあるか
体内を極微小なる病院が血液に乗り駆けめぐる未来
三十年たてば平均寿命百年 新薬 臓器再生 体内病院
脳機能若返らせる物質の功罪いかに 忘れたいこともある



2015年2月号

独身時代の夕映えに遭う

わが赤子はじめて抱きし日の空を今もさがしている朝(あした)あり
父という生き物に吾(わ)を変わらしむ娘にかけられし魔法消ゆるな
焦燥と孤独いや増すがに燃ゆる独身時代の夕映えに遭う
ブラームス交響曲(シンフォニー)四番たそがれにヘッドホンから漏れて震えつ
スイミングプールの底へ光降る おぼれかけたとき見えた光が
しゃぼんだま指でつつけばはかなくて夢ありし日のキャンパスが見ゆ
遠い目をして夕映えを見つめいる犬の心は吾が心かも
アルバイトに押し込められし熱帯に繁殖するや孤独ウイルス
吊革をつかみ体を支えれば他の吊革と鬱の交わる
口隠し画面に視線集中し耳にヘッドホン 霊長類何科



2015年1月号

『酒場放浪記』ファン 

優先席まだまだ早い年なれどむさぼるごとし秋葉原零時
眠りつつなお手離さぬそのスマホ天国までは持ってゆけない
車窓には右手にスマホ握りたるわが姿ありコピーも並ぶ
靴の色ネクタイの色髪の色かくなる多彩見分く眼球
かにかくに恋し街並みお茶の水坂降りてゆく母校へ過去へ
真ん中を通る中央線に乗り円の外なる高円寺に着く
東京ではじめての夜さびしくてテレビチャンネルがちゃがちゃ回した
「レコード屋が昔ここにはありました」そんな会話を耳にして冬
録りためた酒場巡りの番組を日曜の朝見ほうだい見る
人生は意志さえあれば拓けるとあの書この書の嵩高くあり


2014年1月号
 五十を越えて

あのベンチそこに差し込む木漏れ日の形いまでもあの頃のまま
これからのおそらくおよそ三十年過去と未来をいかように視む
通勤の途上にぼくはぼくを視る幼き野心いだくうしろで
片思いに身を焦がしたる日々想うレバ・シロ・カシラ噛みしめながら
終電を逃した駅の段の果て並行世界が口開けている
町内会先輩たちのカラオケはサブちゃん抜きじゃ成り立ちません
蟻の巣と蟻の出入りを見ていればわからなくなる自分の年齢
労働者の権利を盾に是が非でも休暇よこせと群がる部族
さて君の文句を聞いてあげましょう数え切れぬよきょうの舌打ち
職場には社員と社員を目指す者 平静装い牽制しあう



2014年2月号

痛みと酒と…すこし実存的に

靴下を履くのにじっぷんにじっぷん呻き寝ころび遠い指先
先月は胃がしくしくとしていたが治ったとたん腰痛が来た
コルセット巻いたらすこし楽だけど忘れたころに電撃来たる
痛みありゆえに我あり夜明けまで眠られぬゆえ我ありありと
死に至る病気じゃないかこの違和感コワいなあけれど飲めば忘れる
心配は杞憂に終わるたいていはそれでも悩むそれが生き甲斐
このあとのいっぱいにはいが確実に明日という日を台無しにする
いささかの違和感もない一日は昼日中からソバ屋で沈没
先輩がたくさんいるので意識せず来たが残年たくさんはない
吉行と開高という酒飲みの酒の話を読みながら飲む



2014年3月号

葉っぱからしたたる雫 

日々生きるあの世この世や過去未来酔いにまかせて考えながら
われにもし自由の瞬間(ルビ=とき)があるならばいざ翔びたたん虹の弧頂へ
電飾の街ゆく夜ふけ我が家とか死とか老いなど放り投げてる
たこ焼きの熱く柔らかい感触をなぜ思い出す会議の席で
老人と呼ばれるときがやがて来るそれってほんと ほんとにほんと
噛みながらその肉塊の生前の山野駆けめぐる姿思うも
ボタン鍋つつく割り箸その元に人の手指という肉がある
おんじきの原罪という着想を分け隔てなく配れ鍋奉行
鮪には大きなまなこありましてそのゼラチンの底知れぬ美味
手のひらにキミの雫を受けてみる樹木よ時はなぜ狂おしい



2014年4月号

終電という異界

終電はあの世のような混沌を分泌しただただ北上す
寝静まる先頭車両のその先に広がる闇に雪乱れ舞う
みながみな二本の脚で立っていて靴を履いてる裸足はいない
だれもみな世に在ることの原罪を知らん顔して死ぬまで生きる
にんにくの臭いほとばしらす口が事業戦略ながながしゃべる
金輪際話すものかと思いしがおれもおまえもまた酔い沈む
昨日とは違う日になりそうな気がしたけれどきょうも終わった
ドアがあき出てゆくひとの先々をいかんともせぬ不況が覆う
マスクして目だけ露出する人人が一列に座しスマホを撫でる
ハードカバー両手で支え読むひとの神々しけれ最終電車



2014年5月号

酒飲みの哀感

名も知らぬ花のにおいにひかれきて路地たそがれに息を吸い吐く
日本橋小伝馬町で土佐鶴を飲んでいるのだ岩手生まれが
牡蠣を食う浦霞など飲みながらあすはあさ開だ海鞘でも食わん
橋わたり深川という地に迷いまよいついでに酒場で暮れん
川面差す億兆粒の水滴をわれは見ている信仰のように
頬を打つ木枯らしどこからここに来るはるか昔の氷河期思う
喧騒の都会ふといま見上げれば穴があいてるまん丸の月
古き背広そのポケットのハンカチに吸われたはずだあの日の涙
マッサージチェアで眠り込み目覚めれば浦島太郎のごとく老いたる
冬来たりスポーツジムのジャグジーをサル進化系びっしり埋める



2014年6月号

ああ、あのひあのころ

しばれるなあ父は言いけり背を丸め 四度目の忌日きょう迎えおり
家族への別れ告げられず逝きし父 そんな死に様まっぴらごめん
日々父は遠くなりけりそして父の死にし年齢近づいてくる
父であるために息子であることを忘れていたよ きょう母と会う
あす死ぬと教えられたら何しよう したいことリスト書いて終わるか
併走の電車の窓にある顔もこっちを見ては見ぬふりをする
きみでない妻など想像できないね だから許せよ きょうも飲み会
ああぼくはあの頃だとかあの日とかあのあのばかりだあれからずっと
夜の吹雪庭木一本なぎ倒し北へ向かいぬわが郷の方へ
まるまると大きな太陽沈みつつ狂わんばかり朱光放射す



2014年7月号


夫婦そろいの転機

画面から受ける光に明るめるかんばせ妖し歩く女の
画面なでる指の先には魔力などありはしないが世界を呼べる
目の前に立っているひと両隣に座るひとびと画面没入
木蓮の白い花浮く夕まぐれ父よ母よと泣き叫びたき
生きてきてなお生きてゆくこの時空ほんとか夢か定かならねど
妻 ある夜 辞職願を決然とされど不気味にしたためていつ
二十五年ぶりの異動の通知来ぬ 命令拒否の報復ならん
あたらしき職場さげすむ数々の呼称のひとつ姥捨て山は
きみならば出来るはずだと言う御為ごかしの口の端の吹き出物
いきさつはまあどうあれど目の前に塵あれば拾うそれだけのこと



2014年8月号

満天星の花の中の過去

ハナミズキ枯葉いちまい落としたり風にされわれ七秒を舞う
満天星(どうだん)の小さきあまたの釣り鐘に包(くる)まっている日々の想い出
三十年まえ法学徒たりし日の失意ふたたび夕焼けに向かう
十年の歳月すごせしアパートに五十男のながき影伸ぶ
落暉いま燃ゆるかぎりを尽くしおり あの時もそう やはり泣いてた
さんざめく夏の夕べを流しゆく阿波踊りなるおとめごあはれ
編み笠の上の両手のひらひらと踊る指先見ていればめまい
編み笠の内のまなざし耀けり現世(うつしよ)の諸苦はね返さんと
阿波踊りその激情と色艶のパレードはゆく現(うつつ)をやぶり
踊れおどれ世界が終わるその日にも 笛 鉦 太鼓 鳴らんかぎりを



2014年9月号

怒鳴るレッスン

途絶えなく客出入りする拉麺屋ひとり酌せり辛い大関
来週というものはなく今日がありその明日あるのみと慰む
師のうたを書き写し継ぐ昼過ぎの大吟醸一杯至福なるかな
遠い目をして夕映えを見つめいる彼の心は吾が心かも
酒のにおい煙草のそして香水と汗のにおいに酔う酔いびとは
四半世紀たてど色あせぬ悔いのあり忘れ得ぬ人その文を読む
青ふかくあじさい雨に打たれけり かなしかなしとすすり泣いてる
くそじじい 早く退職しやがれと 面と向かって怒鳴るレッスン
昼過ぎをクラシック聴きちびちびとワインなめつつ夕暮れるまで
ヘッドホン耳に押し当て目をつむり洞(ルビ=うろ)に響かすロシア音楽



2014年10月号

サザエさん症候群を懐かしがる

宴会は昼の蕎麦屋に限るかな呑んで啜ってちょっと転た寝
吐き出した煙の先に真っ青な空の白雲まぶしすぎるも
花咲きてやがて花散り季はめぐりまた一年のすぎゆきにけり
さなきだにわがめぐりにぞ揺れやまぬ畏れその名を言わぬのも花
日曜のたそがれ時の憂鬱を懐かしという老人と呑む
上野から北千住への八分に部下と口角泡をとばすも
わが作歌いつもいつの時も酔うており電車のなかで画面をつつく
公園という公の思索場に今日も昏れゆくひとりふたりが
喉彦のあらわなるかなこのオヤジされど一流企業の部長
断食の真似事をせり週末に崇めたてまつる聖地なけれど



2014年11月号

ホッピーの湧き立つ微泡

いずこにて生まれここまで来たりしかその風ももう遠ざかりけり
橋わたる電車は音を刻みつつ窓に夕日を燦然と受く
散り落ちる紅葉いちまい手に受けてたたずめばふと若き日ぞ顕つ
夏がゆきたちまち冬が来てしまい秋が恋しいさびしい秋が
黄に染まる秋の並木みち妻とゆく三十年ってあっという間だ
目の前を雀三羽がよぎりけり私を知るか知らぬか知らぬ
薔薇色に染め上げられし夕空を語る人あり愚痴の酒席に
家、電車、会社、酒場と舞台変え光陰矢のごとき宮仕え
ヘーゲルの弁証法的歴史観 ホッピーの泡見つつ思うも
健康に悪されど心慰める紫煙の楽園酒場というは



2014年12月号

<我>の凝縮

ビル街を烈しき日射浴びて行くわが影黒く<我>の凝縮
曇天の街川の洲に鷺立てり視界の中の白を搔き集め
愚痴酒を諫めるごとく水槽の鯛が見ておりわれの酔眼
驟雨きて日常の時とまりたり 上から下へ水おちるのみ
職場からひとつ向こうの駅に降りちがう人間演じる十時
怖くない何も恐れずともよしと言い聞かせおり月曜前夜
実存は脅かされおり無意識に駅へと向かうこの爪先に
フロイトとユングの説を読み比ぶ暗き無意識あぶりだすべく
孤高なる立場まぶしも部下ひとり叱れぬ臆病風に吹かれつ
夕靄に白き木槿の浮きたちて喇叭口より旋律かそか



2015年1月号

『酒場放浪記』ファン

優先席まだまだ早い年なれどむさぼるごとし秋葉原零時
眠りつつなお手離さぬそのスマホ天国までは持ってゆけない
車窓には右手にスマホ握りたるわが姿ありコピーも並ぶ
靴の色ネクタイの色髪の色かくなる多彩見分く眼球
かにかくに恋し街並みお茶の水坂降りてゆく母校へ過去へ
真ん中を通る中央線に乗り円の外なる高円寺に着く
東京ではじめての夜さびしくてテレビチャンネルがちゃがちゃ回した
「レコード屋が昔ここにはありました」そんな会話を耳にして冬
録りためた酒場巡りの番組を日曜の朝見ほうだい見る
人生は意志さえあれば拓けるとあの書この書の嵩高くあり







「熾」掲載作品


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