世界にひびく音楽を聴く
斉藤 光悦
(六花書林 「六花」第5号 詩歌を読む 特集


 とりたてて詩歌との出会いを書くようにと言われたわけでもないのに、詩歌を読むというテーマを頭にちらつかせていると、自分が詩歌と出会った最初はいつか、そしてどんな詩歌だったかと考えていた。それはやはり小学校の国語の時間だろうか。それより記憶をさかのぼるのは難しい。教科書に載っていた高村光太郎の「僕の前に道はない 僕の後ろに道は出来る」や宮沢賢治の「雨ニモマケズ 風ニモマケズ」、石川啄木の「不来方のお城の草に寝ころびて/空に吸はれし/十五の心」などが、詩歌なるものがあることを知ったうえで詩歌を受容した最初の経験のように思う。けれどもそれは、詩歌を初めて「学んだ」体験だったのかもしれず、詩らしきもの・詩らしきことを感受した体験はもっと早くからあったかもしれない。岩手県で生まれた私は、おそらく石川啄木と宮沢賢治という人気文学者を崇拝する気配の濃厚な周囲の人々から、その声音によって啄木と賢治の詩歌を読み聞かされていただろう。その崇拝の気持ちはもちろん私にも伝染していて、日本の詩歌界は未だにこの二人を越えられていないと個人的に思っているというのは余談だから措いておくとしても、たぶん私の詩歌受容の原体験は、啄木と賢治だろうと思っているというか、そうだと思い込みたいのである。詩歌を学ぶのではなく、詩歌を実感する、あるいは体験することの本質は、おそらく「意味」の理解ではなく、韻律という音楽との出会いである。幼いころに母親の背で聞いた童謡、唱歌は意味などわからずとも、その歌詞とメロディーに心やすまり、その記憶は生涯消えることはない。私たちは詩歌を音楽(音声の質とメロディー)として感受する。
 世界は音楽でできている。まったく個人的な印象であるが、昔からどうしてかそう感じてきた。いやそうではない。物質としての自分とそれを取り囲むさまざまな物質があってはじめて音楽は生じるのだし、その音を聞く主体もありうる。世界は物質でできているのだ。そう考えるほうが、科学的には正しいはずだが、私の特異な感性なのだろうが、物質とその時間的な変化である運動も、さらには人間も歴史も、すべては音楽に還元されるような気がするのである。そして私たちは、その音楽を共感するためにこの世に生まれてきて、やがていつの日かそこから去っていくのではないか。なにも世界の進歩だとか子孫の繁栄だとかのためだけに生きているのではないような気がする。詩歌は、そのような音楽でできた世界から珠玉のような韻律を取り出してより深い共感、詩人の大岡信ふうに言えば「心臓をひっつかまれる」ような共感をもたらす手段というか営為なのではないだろうか。
 誤解をおそれず言えば、詩歌を読むのは、世界と共感するためだ。どちらかといえば散文は世界の理解のため、人生の把握のためという感じが強い気がする。だから、音楽、音を通じて、共感するというのが私の詩の読み方だとすれば、詩歌は意味の構築物であるより、音楽として私を揺さぶり共鳴させるものでなくてはならない。世界と一緒にふるえたいのである。
 いささか理屈っぽい以上のような理由から、詩歌に私が求めるのは音楽性である。絵画性、象徴性といった美術的な側面は求めないのかと批判されるかもしれないが、美術的な美があっても音楽性がともなわなければ、それはわたちとしては詩歌として受容することはできない。詩歌の一ジャンルである短歌を読むということに焦点をしぼっても、やはり、韻律を通じてその人の感動の中心に入っていくという感じがある。

やはらかに柳あをめる/北上の岸辺目に見ゆ/泣けとごとくに
『一握の砂』(石川啄木)

曼珠沙華のするどき象夢にみしうちくだかれて秋ゆきぬべき
『桜』(坪野哲久)

地平の果もわが佇つ丘もさばかるるもののごと鎮み冬の落日 
『冬暦』(木俣修)

東より雲きたり形くづす幾時か君を恋ひアヴァンギャルド運動を恋ふ
『エスプリの花』(加藤克巳)

アンダルシアの野とも岩手の野とも知れずジプシーは彷徨ひゆけりわが夢に
『まぼろしの倚子』(大西民子)

須臾にして過ぎむいのちと思ほゆれ黄葉は今日まなかひに燃ゆ
『Forever』(石川恭子)

点描の丘に井桁を高く組むつばさよこのいまだけのつばさよ
『具体』(佐藤信弘)

思いつくままにあげたが、みな私がその音楽性に心ひっつかまれた歌である。こういう作品に出会ってまた新しい音楽を聴きたいと思うから、日々、詩歌を読み、そして詠んでその自らの歌を音楽として聴く。
 最後に唐突なことを言うけれど、この世から去るとき私たちは、たぶん散文的表現を思い返したりはせずに、詩歌という音楽、あるいは純粋なる音楽を脳裏に響かせながら意識をとじていくのではなかろうか。その響きを通じて世界と共感するための詩歌は、やがてくる世界とのわかれのときの葬送曲にもなっていると私は夢想している。



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