短歌受賞作品のページ


DNAと記憶と死(50首)


(2000年度埼玉文芸賞佳作)



出生から現在までのわが姿空一面のシャボン玉のなか

デオキシリボ核酸いわゆるDNAその中にわが生のシナリオ

コンピュータグラフィックで見る四塩基二重螺旋は美(は)しき構造




感情も思考も分子の活動に還元されるホモサピエンス

畢竟記号配列に支配される命ならば骨と煙に帰すとも是なり

一切の記憶は失われておらず呼び出し回路錆びゆきしのみ

核ボタンのごときスイッチ脳にあり押せば一気に爆(は)ぜる全記憶

ごみ箱に記憶のファイル捨てられて生きながらえる実験動物

脳機能いかに解明せらるとも不磨の非合理「輪廻転生」

脳味噌の冷凍保存ビジネスが現実になるニジュウイチセイキ

刻々とデータ更新されつづけるワタクシという記憶装置

幻をまぼろしならずと言い聞かせ次から次にヒト生まれくる

歴史的思考の乏しいエックス氏と薄暮の橋に肩を並べる

百億の眼球と一個の巨大球 回り続けるオブジェのように

ホルマリン漬けの脳髄に秘められた政府転覆革命思想

こんなにも平和で陳腐な生活が続くと思うな アジビラが飛ぶ

無神論ニーチェの死せる魂と夜更け交感する世紀末

デカルトのせいだといえばその通り不眠の夜に観念跋扈

ネットサーフィンに熱狂する夜ぞアンドロイドの眼(ルビ=まなこ)ぎょろぎょろ

無法地帯わがモニターに世界から狂艶の美女つぎつぎと来る

キーボード十本の指が打ち続くかちゃかちゃかちゃかちゃ思惟が踊る

自己という時間つらぬく一貫性くずれゆきたり異国の聖堂

血液から酸素供給されながら言葉をつむぐ脳味噌われは

遺伝子も歴史も神も人間を超越すると人間が説く

太陽の周りをおよそ八十回まわって最後に君とさよなら

イエスとう一つの個体の誕生を原因として嗚呼Y2K

壁じゅうに親類・知人の肖像画 時の順序のない美術館

骨になる日のこと思う壮大な夕日落ちゆく赤道直下

紫紺から朱色にいたる諧調の空に墓標のごときビル群

空中の道なき道をゆく蜻蛉われも気ままに幼年時代へ

一生をかけて自分史語り継ぎムッシュ・プルーストさびしからずや

誘眠の羊が百匹こえた頃いつもやってくる「ソンザイノイミ」

時は去る否自分が去るのみと詩人が語る夢のなかから

いずれくる天上界への旅の途中世界が見える丘に立ちたし

がたごとと揺れる電車にまどろめば遙かなるかなイエス生誕

ユーラシアに歴史はつづく滔々とソクラテス始皇帝さえ一瞬の人

暮れまどう街川のうえ吹く風がヘドロの呼吸(いき)を運んで晩夏

懐胎のお告げは海より来たるらし「ニカゲツ」という俗なことばで

ひんやりと湿った空気につつまれて頬よりきたる雪の予感は

生きている心臓肝臓その他パーツ日本上空羽つけて飛ぶ

いかように生き抜きゆくか来世紀あと一月に迫る不可思議

文明間闘争激しき世紀らし青息吐息の地球の上で

血を流さぬ戦争もあることだろうサイバー世界の敵はウイルス

きのうきょうあしたの無限サイクルに過ぎぬ時間(時間に傍点)の中の暮らしは

幾千年後もこの世は続きいて今のワタシと同じ思惟はある

やがて死ぬ死なねばならぬ否つかのまわれら幻想の生にあそべる

ひがないちにち死をぼんやりと思いおり四十に迫る雨の歳末

父として死ぬまで生きてゆくのだろう息子としての生をすぼめて

父母の日々老いゆくを身近にて見届けられぬ悔いの都市人(としびと)

逝くときはたったひとつを望むだろう子らの心に永久(とわ)に住むこと




jusyou.jpg (11683 バイト)


足長象のスキップ
(96年埼玉文学賞受賞作品)

紙模型のピサの斜塔を吹き倒すゲームの名前「世界の終わり」

彫像の雁首並ぶ薄闇に自動ピアノがモーツアルト弾く

月光に誘われ絵画を抜け出したダリの足長象のスキップ

希望ヶ丘三丁目から見る夕日 太郎が吠えるアヴァンギャルドに

ほんとうの星が見えないこの窓にまばたきやまぬ赤いビル灯

ニコチンとアルコール臭ぷんぷんの家畜列車に運ばれている

廃材を地表もろとも掘り返す鉄の爪からしたたる夕日

霧を行くこの白い闇を突き抜けて岐路で別れた俺に会うため

しなやかに髪かきあげる左手のくすりゆびにぞ光る指枷

金色のすすきが原を歩みゆくお前と長い影を忘れず

バラバラに割れた鏡の一片に真っ白い雲 遠いガキの日

見上げれば視界いっぱいの雪の舞い幽体離脱が始まりかける

青ふかき空の機影に反射した光り一閃 神の眼光

おごそかに湖の霧晴れゆきぬバルコンに立つ妻の向こうで

チャルメラのかなしい音色ひびくたび静まりかえる雨後のビル街

中天の赤い満月追いかけて前後不覚のスピードに酔う

地震すぎて壁に姿を踊らせるわが影法師 さびしすぎる夜

残光の空にブランコ漕ぎいだしカラスと一緒に青春へ帰ろ

夕暮れの雪の最後のひとひらがよぎる日活ポルノのポスター

ダイヤモンドダストの記憶よみがえる語り古された民話ききつつ




言語宇宙の原始へ

(95年埼玉文学賞佳作一席作品)



十年後と十年前のわたくしが車窓から問う「あなたは誰だ」

鈎型に空を引き裂き稲妻は地表へ走る太古も今も

花火祭 群衆のなか君がいる 時々刻々と照らし出されて

気がつけば街にはのっぺらぼうばかり道がひしゃげる烈日のもと

黙々とロボットたちは棒を振り巨大な蚊帳に白球飛び交う

好きな子とできそでできない夢をみたもう戻らないわがハイティーン

街灯に誘われ群れる虫の羽音 歌舞伎町なる喧噪のなか

ほのぐらい街バスの窓に額よせいまの夜景に過去を重ねる

僕からの交信のない夕方を妻は「不条理漫画」と暮らす

夕方の風に乗り秋がやってきた悲しき記憶ひとつまたふたつ

ビル街がジグソーパスルのように見え風のひと吹きにおののいた白昼夢

真夜中の暴走族の遠鳴りに犬族は知る囚われの身と

自動車のライトに盗み撮りされた心からっぽのレントゲン写真

思索から遠のいているワタクシに教義セールスマンの饒舌

その顔を安らぎとして二年たち妻あるなかの自我となりゆく

世界を覆う球状フィルムの色変化いま視界にはうすきむらさき

すでに滅び宇宙の塵と化したるを思いつつ見る白き星雲

脳髄という物質の中にある言語宇宙の原始への旅



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