-->

再興せよ職場の短歌
(現代短歌新聞2019年7月5日号掲載)
斉藤 光悦

 生きるとは働くことが大部分である。一日二十四時間のうちほぼ三分の一以上、一生八十年程度のほぼ五〜六割の年月を、人は労働に費やす。しかも、その労働の場から生まれる精神的なストレスや病苦が現代を覆う最も暗い雲の一つとなっている。にもかかわらず、自然、生老病死、恋愛、家族等を詠んだ歌の数に比して、その数は少ない。人間にとって重要な意味を持つ労働と職場を素材とする職場詠が現状のままではさびしい。
 労働現場から受ける心身のダメージは、情報化の加速、格差の拡大、競争の激化に伴い深刻に広がっている。短歌には、これらの苦しみからの解放やその軽減を担う癒やしの効果がある。心を見つめて言語化し、内在する音楽性とともに外部に表出する。これによるヒーリング効果は歌を作ったことがある者なら誰にでも納得できよう。
 一人で短歌を作るだけでも効果があるが、さらに望みたいのは、職場単位の短歌会の興隆である。たとえば企業レベルの短歌会である。歌を作れば救われると言われても、ではどのように歌を作るのか、歌の仲間はどこにいるのかが分からないでは先に進みにくいし、長続きしない。かつては企業の短歌会がわりあいあったと聞いたことがあるが、最近はそういう活動をとんと耳にしない。
 同じ職場で発生する感情を共有する場としての職場短歌会があれば、現代の闇の部分に少しは光が差すのではないか。そこで大事なのは、悲しみや苦しみだけが集まる場ではなく、仕事の成功や昇進による喜びの感情なども発表される場にすることだろう。現状を切り開く強い意志による前向きな短歌である。そのためには、経営者レベルも含め様々な立場の人が集うことが必要だ。人の心をより深く知るのに、短歌ほど適したものはない。
 最後に代表的職場詠を二首ひかせていただく。
菜の花の中にかがやく職場見ゆいかなる闘いが今日は待ちている(田井安曇)
降職を決めたる経緯ありのままに声励まして刻みつつ言ふ(篠弘)
(熾所属)

 

 

inserted by FC2 system